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U40宣言*有言実行ブログ

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2010-11-15

【戦略】和知 剛さま

| 23:04

こんばんは。

今日のストラテジーは読み応えたっぷりですよ!


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 「ストラテジー」と言うからには,少々風呂敷を広げてみようと思う。


 この先10年の単位で「縮小均衡」を計らねばならないであろう時代の中で,この仕事をする上で何を考えていかなければならないか。

一番大きな論点は「図書館の持続可能性」に尽きるだろう。

公共であれ,大学であれ,「図書館」という概念なり組織なり容器なりが,今後も現在の形で存続することが可能なのか,あるいは別の概念なり組織なり容器なりにドラスティックに変わるのか,徐々に移行していくのかはわからないまでも,現行の「図書館」が変わってしまう可能性の方が高いのか。


 これまでの図書館業界は,「あるべき図書館」(それはもちろん,ある特定のひとびとの考えに基づく「あるべき図書館」だったわけだが)にこだわりすぎていた。

「あるべき図書館」から「理想の図書館」へ,あるいは「図書館」であることに意義があることへ,意識の転換を図るときが来ている。

任意の単独館ひとつとっても,これまで業界を主導してきた一群の人々の思うような「図書館」ではあり続けることは難しくなっている。

すべての図書館予定調和のごとく大伽藍を打ち立てることが可能な時代ではなくなっているのに,公共図書館なら『市民の図書館』というメソッドをいつまでもあてにし続けたままで図書館経営が成り立つのかどうか。

『市民の図書館』に限らず,全体が部分を規定するメソッドを奉じて,それにそぐわない「部分」を持つ「図書館」を「あれは図書館ではない」「これは図書館ではない」と排除し続けることは,これからの図書館ばかりではなく,いまある「図書館」にも負の影響をもたらすことになっている。


 「あるべき図書館」ことから「図書館であることに意義がある」ことへの転換とは,即ち「全体が部分を規定する」から「部分が全体を生成する」への発想の転換である。

ある施設において,それが何がしか「図書館」の機能を有していれば,それは「図書館でありえる」ということを,「図書館であることに意義がある」と考えたい.

それは同時に「排除の論理」から「包含の論理」へ。

ある部分が「図書館」であれば,その他の部分が「図書館」ではなくとも(『市民の図書館』にそぐわない図書館であっても),その施設は「図書館」として遇され,図書館として評価の対象になっていいのだと思う。


 僕個人は「図書館」という概念の根っ子の部分,と僕が考えている「共同体(Community)の記憶を納め,何時でも引き出せるようにしておく記憶の共同体(Utility)」は,恐らく今後も変化することはないだろう,と踏んでいる。

ただし,Utilityとしての図書館が使用可能なインターフェースは,新しいメカニックが登場するたび,その都度変わっていくのだろう,と。

図書館」という古くからある容器に,新しい道具をその都度放り込む。

そこで起きる「新結合」即ちイノヴェーションによる,新しい可能性をどれだけ引き出すことができるのか,そこに「図書館」の生き残り戦術(メカニックの話なので戦略とは言えないかも)を,どれだけ可能性豊かなものとして提示できるかにつながるものがある。


 要するに,図書館が提供する知識と人間のインターフェースをwebでの展開に合わせて組み替えていく,という試みをひとつひとつ積み重ねていく,例えその試みが失敗したとしても「これはうまくいかなかったんだ」という試行錯誤の事例を積み上げていく。

容器の中身ごとドラスティックに変えていくのではなく,そのようにしてこれまでストックしてきた中身を,現在そして未来の技術を活用して再構成し,提供していくだけのメカニックを身に付け活用していくことが図書館の生き残り戦術,ひいては戦略を組み立てる上で,図書館司書にとって必要な技術(テクニック)になっていくのではないか。


 その技術(テクニック)を図書館に携わる人間が身につけることを前提に,館種,運営,雇用,文化の違いをお互い認識しつつも対話と妥協を繰り返しながら相互に相互を理解し合い,専門知を提供する図書館および図書館員が連帯し,業務の上で相互に連携し,来るべき時代に対応した「図書館」を構築し,経営していく,ということが当座達成すべき目標であろう。


 文字にするとこれだけのことなのに,現状では図書館業界は館種を見ても,業界人を見ても,連帯も連携もできていないように思えるのは何故なのだろうか。

対話と妥協を繰り返し模索しながら,館種と雇用形態を乗り越えたところで生み出される個々の図書館の連携,個々の図書館業界人の連帯を基盤にしたところに,何か新しい「運動」が生み出されることによって,「つながり」が大きな力たりえることを目指すことが,現状では必要だろう。

迂遠なことですが,縮小均衡に向かっている経済状況下で,図書館活動が何かを生み出すためには個々の図書館,個々の館種,個々の業界人の努力だけでは限界があるのは火を見るよりも明らかであるのだから。


郡山女子大学図書館

和知 剛


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遥か未来を見つめながら、最後は足元へ帰ってくる、何ともスケールの大きなストラテジーですね!

こんなボリュームのあるストラテジーももちろん大歓迎です♪

どしどしご投稿くださいね。

(K)

VirginiaVirginia2012/04/02 10:37I can't hear antyhnig over the sound of how awesome this article is.

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